56317ef2.JPG お友達と自分の行動パターンについて、焼酎を飲みながら解析しあった
   ・・・私と、友人の奥様は似たような考え方をしているという事に気付き、少しの新鮮な驚きを覚えた・・・!

 私は慾が強く、何でもしたがる・・・!
 『二兎を追うもの一兎を得ず』
 という諺があるが、私は
 『同時に三兎を追う』
 生き方で今まで生きて来たような気がする・・・!

 そして最近の処世術としての教訓は
 『他力本願』ではなく
 『自力本願』
 基本的に何でも自分でする
   ・・・もしくはするしかない・・・!
 実生活上では、貧乏暇無し状態である・・・!
 と最近は考えている・・・!!

 そこでふと気がついた・・・
 こんな生き方は、見かけ上、同時に沢山の事を達成できるような気がするが、別に素晴らしい生き方ではないのではないか!!?
 私も、
 『やらないよりやったほうが良い!!』
 『やらないで悶々としているより、やることを選んで困難に直面したい!』
 と常々思って生きてきた・・・!
 これは本当に正しい選択であったのであろうか・・・?

 しかしふと見方を変えてみると
 『私の生き方は、慾が多く、すばやく沢山の事をしようとはするが、やはり一つ一つの仕事が、雑に終わってはいないか・・・?』
 こんな仕事の仕方は、極論、仕事をしたことにはならないのではないか??

 『時には、じっくり腰をすえて、時に集中して考え、時にわざと忘れるような、ボーっとした時間を交えながら、時に流され生きていく
   ・・・そんな生き方の方が、私の行き方よりも、一つのことの核心に迫る、表面的ではなく、物の奥深くに食い込んで、物を深く、物の芯の姿に迫って理解するという事につながるのではないか?』

 私は自分の行き方こそ、実り多い人生の送り方と信じて行動してきた・・・
 しかし今、それはやはり人生でしばしば起こる、単なる「思い込み」でしかないこと・・・

 そんな可能性について考えさせていただいた、『実り多い飲み会』であった!!


 ちなみにウィキペディアで『慾』について調べてみたが、珍しく、このウィキは余り整理が出来ていない状態・・・
 それだけ『慾』という概念は、非常に複雑な概念なんだと再認識した!
 以下、その概要を引用する

 『人間(ヒト)、動物が、それを満たすために何らかの行動・手段を取りたいと思わせ、それが満たされたときには快を感じる感覚のことである。生理的(本能的)なレベルのものから、社会的・愛他的な高次なものまで含まれる。心の働きや行動を決定する際に重要な役割をもつと考えられている。』