P1000026 ちょっとニッチな話題ですが・・・
 東京都港区にある『麻布学園』という学校は、私が在学したのは昭和48年から昭和55年でしたが・・・

 良く言うと、非常に大人の世界を彷彿とさせ魅力的な・・・
 学園紛争後の非常に荒んだ雰囲気で・・・
 毎日がハプニングの連続といった状態で・・・

 以前にご紹介したこともありますが・・・
 私が中学1年生の時、授業を受けていると、ヘルメットに角材で武装した高校生が、
 授業中の先生を廊下に引きずり出して、喧嘩を始めて授業は終了・・・
 先輩は ヘッドロックした先生のメガネに、黒マジックで渦巻きを書いて・・・
 朝学校に来てみると、グランドでは胸まで髪の毛があり、赤いセーターを着た、
 スリムな女の子が野球をしている。
 近づいてみてみると、髭が生えていた!?・・・
 学校の正門を入ると2mぐらいありそうなプラカードが掲示されており・・・
 校舎の廊下はペンキで汚く何か書いてあったり、教室は5〜10cmのごみが平均的に堆積している・・・

 先生の授業は・・・
 大抵の先生が、ご自分のお伝えになりたい内容の授業で・・・
 中学というか?大学の講義はこのようなものなのではないか?
  と子供心に発揚されるような授業というか、講義で・・・
 淡々とした中に、威厳があり、学問の喜びが満ちていて・・・
 それを我々は必死に、意地になって掴もうとしていた・・・
 みたいな雰囲気の学校でした。

 かといって、文化祭実行員会というのは数百万円の予算で文化祭を企画するのですが・・・
 基本、不明瞭会計で・・・
 酒も飲んじゃう!

 私はテニス部だったのですが・・・
 テニスはさておき、ランニングに関しては、学年が上であろうが、下であろうが・・・
 何キロ走らされても、ゴールではほかの人より、1秒でも、鼻の差でも先に行きたくて
 死に物狂いで走っていた・・・

 これは自由というよりも、放置されているといった感じでした。
 そのような中で、我々は、先輩とのつながりは部活を主として、しっかりと有ったのですが・・・
 どうやって、現在を近未来に繋げていけばいいのか?
 何が正義で、何が不正義か?
 と日夜考えさせられて育てて頂いたというか?
 非常に衝動的に?刹那的に?勝手に育ったというか?

 そんな時期の、麻布学園でした。


 そこで本題の『汝の馬車を星に繋げ』の著者の氷上信廣 元校長のおっしゃる
 『麻布の自由』との比較ですが・・・
 先生のおっしゃる自由は、『常識的な範囲内の認められうる最大の自由』という意味に聞こえます。
 校則に縛られる大抵の中学高校とは違って、上品な香りのする自由を意味されているように感じます。
 一方、私の経験したものは『自由落下状態の自由』という違いがあったような気がします。
 足を踏み外すと死ぬよ!みたいな・・・
 でも足場もないので、どうやったら死なずに済むの?みたいな・・・
 非常に野性的なリスキーでサバイバルな自由が私が当時与えられた『自由』でした。

 という意味では、私は、宇宙誕生のビッグバーンの頃に起こったような自由状態を前提として、
 6年間育てて頂いたというか、放置していただいた年代の卒業生だったのだという気がします。
 そして、ここまで究極に近い自由環境で、自分が欲する混沌、
 その中から世の価値観のあるべきベクトルを暗中模索させて頂けたというのは、
 非常にリスキーでもあり、サバイバルでもあったような気もしますが、
 非常に貴重な中学高校時代を頂けたと思っております。

 ニッチな話題で、長くなってしまいまして・・・
 失礼いたしました。