IMG_0322IMG_0323 三陸の町々の名前、石巻、南三陸町、気仙沼、陸前高田、大船渡、釜石、大槌、宮古、田老などたくさんの街がありますが、初めて実際来ることにより、位置関係がよくわかりました。

 そしてあまりの偶然に驚くことですが・・・
 9月22日10時ごろ古川駅からレンタカーに乗り、16時ごろに、やっとの思いで陸前高田に到着しました!
 そこには見たことがないほどといいますかあまりにも巨大な防潮堤とともに、東日本復興記念館の本日が開館、そして隣には道の駅が開館し、セレモニーが終わったころだったようです。

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 何という偶然でしょうか!?
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 私が肌で感じるに・・・
 陸前高田の人たちは、これまでの生活とは違って、漁業を捨てると言っては語弊がありますが、この巨大な防潮堤を建設すると言うことに、皆さんで話し合って決めたそうです。

 目の前に広がる三陸の海、そして天然のリアス式海岸の、あまりに素晴らしい海の幸。宝の山があるのだと言うことを実感できました。

 〜〜〜皆さん、本当に迷い 苦しまれたことだとお察しします・・・

 私が初めて勉強したこと、貞観地震 869年だかで平安時代ですが、とても大きな地震だったようです。この地震は、今回の東日本大震災と同じ位なのかもしれないという事。
 また、過去400年間にさかのぼって、三陸を襲った津波の数は、16〜7回あったそうです。つまり25年に一塊程度は、大きな被害が出る津波が継続的に三陸地方を襲い続けていると言う現実です。
 また、そんな三陸ですから、いろいろな町々には、我々の先輩が、ここまでは津波が来たよと言う石碑を立てているところが何箇所かあるそうです。
 今回の東日本大震災でも その教えを守った街では、津波による被害がなかったと言う実例もあるそうです。

 津波と言うと、5メートルや10メートル程度のような気がしますが、実際は、入江でだんだんと水深が浅くなっていくと言う地形では、波の高さはどんどん高くなり・・・
 さらに過去には 津波はどんどんと山に登って行き、海抜60メートルのところまで達したと言う場所があるそうです。
 実際今回の東日本大震災においては、同様の場所では海抜40メートルまで津波が駆け上ったところがあったとの事でした。

 このようなことを言われても、にわかには想像しにくいですし、実感できませんでした。・・・

 しかし今回の東日本大震災、写真やビデオを簡単に取れる時代となった今において、膨大な記録を残しています。
 私は何遍見ても、鳥肌は立ちますが・・・逆に信じられない気持ちになっておりました。

 ・・・そして近未来的には これから20年30年以内には、今私が目の前にしている見たことがない巨大すぎる防潮堤は、確実に次に来る津波と対峙をする時が来ると言うことです。

 ありえないほどの巨大な防潮堤、それが我々人類、日本人が津波に対して取れる、最も確実な手法なのでしょうか?

 〜〜〜現実を目の前にして・・・8年も経つのに、今でも私は戸惑いを隠せません。

 東日本大震災、記録の残る地球規模では、1960年頃のチリの地震、マグニチュード9.5が最高らしいのですが、今回は9.0位で、世界で4位なのだそうです。

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