翠嵐楼20190807-2 社会人になってから、日常生活を送っていて、日本人として、もの強い閉そく感は常に感じます。だんだんひどくなってくると思います。

 その理由は、日本の政治に関して民意を反映していないと常々感じるからです。
 一時期は、「日本は経済は一流、政治は三流」などと茶化した表現はよく使われましたが、そう言い放って政治責任を追及しないという態度は、もはや一国民として取るわけにはいかない切迫感を感じます。

 我々は、個人個人の日常生活を送るために四苦八苦しているのが常ですが・・・
 こと政治となると、特殊な専門性の高い領域の話というような印象は持ちがちですが・・・
 適当に「選挙を経て信任いただいた政府が・・・」とかいう表現が脅し文句というか、免罪符というか、そのようなフレーズとして使われて起案したが・・・

 「信任を得た政府」なら信任に応えるべく、少なくとも、昨日より幸せな日本、昨年より幸せな日本、7年8か月前よりは幸せな日本を実現すべきである。
 しかし実感としては、過去よりの悪くなっていく日本を感じます。
 
にもかかわらず われわれ国民の意思を反映した人材が内閣総理大臣として押し付けられるのは、はなはだ国民感情、国民生活をおないがしろにした理不尽な政治屋手法であると痛感します。
 今の派閥政治も全く容認するつもりは私個人としてはありません

 そして最低、次期内閣の候補は 前内閣の総括をしてから、選任作業を開始すべきだと思います。

 ものすごく大きな金銭的負担を政治は強いてきたわけですし、これからも同様であるものと思われるので、中途半端な総括では到底許されないものだと思います。

 逆に、国民の理解を得ず、国民に負わせるつもりで借金を決めたり、実行したりしていただいても なぜ負債だけは国民が背負わなくてはいけないのでしょうか?