焼酎と九州

九州って、こんなに良いところが沢山あるよ!! 初めての錦江湾、姶良(重富漁港)沖で大きな真鯵を沢山釣ったとき、数年ぶり??で桜島が噴火しました!!!・・・しかも2回も!!(2008.4.27) 私も噴火したい気持ちになりました!!!

2012年03月

BRIDD、山河・樽神輿が飲める店 〜内神田・千代田区・東京〜                                              Bridd, with Sanga and Tarumikoshi, at Uchi-Kanda, Chiyoda, Tokyo

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 ワイン好きには、もってこいのお店です!

 そして今回、米焼酎『山河』『樽神輿』をご採用いただきました!!


 料理はイタリアン的な感じで、肉料理も、海産物の料理もお勧めです!
 またカレーうどんもあって・・・おいしかったです!!

 店長さんも親切で・・・
開店時間も、客さん次第で、遅くまで開けてくれるそうです!!


(東京都千代田区内神田2−2−5 筺03−3256−0010)

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麻布学園では卒業式に国歌は要らない!?                                             No national song at graduation ceremony at Azabu High School !? 

05e128ce.jpg 記事としては・・・
 二重の意味で・・・
 若干不満です。

 今の麻布学園の校長先生である 氷上先生は、私が学生のとき、『倫理社会』の先生でした。
 そして私の倫理観は、いつもお話している程度です。


この記事のタイトル
『麻布校長 卒業式で国旗揚げることはない、強制されたら辞める』
 はこの手の記事にありがちな、ショッキングな短縮である。

 不満一つ目:氷上先生は、『国歌や国旗は必要ない』とは言っていない。
   国歌、国旗に象徴される、全体主義的な「ナショナリズム」は不要であるとおっしゃっているようである。
   一方、「愛郷心」それは、「●×高校は自分の母校だから」という気持ちは、その間のたくさんの思い出と一緒に、大切にしなくてはいけない。とおっしゃっているようである。
   また辞めると言う理由は、先生が国歌斉唱のとき他の教職員がちゃんと歌っているか口を見て確かめると言うことを、強制されたとき、そんな行政を行う国の学校は辞めてやる!とおっしゃっているようである。

 不満二つ目:私個人としては、支離滅裂な価値観、それに基づいて支離滅裂な行政、公私を混同し、保身に走るだけの公務員や準公務員が目立つ今の日本には著しく不満を感じている。
   であればこそ、せめて日本の国の学校を卒業する時には、国歌・国旗に代表される祖国日本を意識して、現時点でどんなにボロボロの国となってしまっていても、その祖国の学校の卒業式に関連する個々人には、せめて一瞬だけでも祖国の一員としての個々人の未来を考えていただきたいと言う意味で、国歌・国旗を大切にしていただきたい。
   そのために私の師の一人を出汁にして、我々日本人の誇りに傷をつけるようなことを言ったかの記事は現に謹んで頂きたい。

 と思った。




モラルが問われている!!                                             The concept of morals 

be8ae5df.jpg 単なる言葉として『モラル』『道徳』『倫理』なる言葉誰でも知っている言葉の一つである。

 一方で・・・

 「何で医師は、無断で患者の骨髄を取ったり・・・
  夜中に、ナースコールのうるさい患者に、看護師の独断で鎮静剤を打ったりするのか?」

 とご年配の患者さんから、ご質問を受けました。


 私なりに感じるのは・・・
 最近の日本国内で横行している風潮は・・・
 『権威があるといわれているものを 失墜させること。』
 『先生呼ばわりされている人たちに、本当に先生と呼んでよいのか?』
 という、40年程前には、疑問に感じることも少なく、受け入れられてきた価値観・・・
 もしくは社会通念に対して疑問を呈することであり・・・

 一方で、台頭してきているのが・・・
 『強引な印象を持つ平等主義』であり・・・
 『過保護的な弱者救済の主張』である。

 その結果・・・
 『ガバナンス』『意思決定やその意思の実行』というものが、組織において重要である。
 と強調されていることから判るとおり・・・
 組織の一員が、組織内での指揮命令をおろそかにして、時として部下が上司に指図をするという行為が頻繁に見られ・・・
 時に、法令にすら抵触することも頻回に起こしていることが報じられても驚きもしなくなり始めた我々日本人である。

最近では・・・
 AIJなる投資会社モドキが出現し、社長は・・・
 『決算を粉飾したことは認めても、嘘を付いたつもりは無い!』
 などと国会で答弁する始末。

 理屈では『粉飾』=『嘘』であるにもかかわらずである。
 それが1000億円余の勤労者の年金基金が失われた説明として許されるはずが無い!!

 また『東京電力原子力発電所爆発事件』では・・・
 爆発した責任は、まず第一に、原子力発電所を作ったからである。
 そして福島中心の東日本の国民の資産は著しく毀損された!!

 なのに、ろくに謝りもせず・・・
その後始末にかかる費用は、電気を使っている人たち・・・
 日本の国民が負うものであると、高飛車なことを、事故から1年以上経過しても・・・
 いまだに主張している現実を我々は日々 確認させられている。

・ ・・『モラル』『倫理』というものはいかなるものか?
    真剣、破綻している。

 残念という言葉では、語り尽くせない!!!

 ならば『日本人=総盗人』という新しい価値観を今すぐ持つべきなのであろうか???


待賢門院 璋子 に人間を感じた。                                           Taiken-mon-in Tamako, the human 

c0d5c462.jpg 何となく、私が高校一年の頃・・・
 日本史に興味を無くした最大の原因は・・・
 この『璋子』と白河法皇、鳥羽上皇など・・・
 人間関係が複雑すぎて・・・

 当時の私は理解に苦しみ・・・
 何がなんだか判らなくなってしまった!!
 というのが遠因だったような気がする。

 どちらかというと、潔癖症的な当時の私・・・
 天皇の次は天皇、何で上皇が出てきたり、法皇が出てきたり、誰が誰の子か良くわからなくなってきて・・・
 しかも高々、平安末期の40年ぐらいの歴史の理解が出来なくて・・・
 自分の能力の低さを実感した自分がいたような気がしてきました。

 NHKの『平 清盛』・・・
 ウィキペディアの記載のように脚本は出来ているように感じました。
 この複雑な意味不明な日本史の縺れた時期の理解が今になって出来たような気がしました。

 そして平安時代末期であろうが、いつであろうが・・・
 人間関係の難しさ・・・
 人間の幸福とは??

 皆、深く悩み、無力感を抱きながら行き続けなければならない人間の性・・・
 全く現代においても同様であると、非常に親近感すら感じました。


最上階のお部屋が空いていますよ!! 〜セラヴィK(港区芝5丁目)〜                                               The penthouse of ‘C’est la vie K’ is waiting for new resident, NOW !! 

20101226セラヴィ館名板 今春、3月というと、新しい就職先に移動されたり、転勤されたり、新しく学校に通い始められたりする・・・息吹を感じる季節です!

 そんな中、私も設計段階から深く関与している・・・

 『C’est la vie K (セラヴィ)』

 も数箇所のお部屋の方が退去され、新しい方にお住まい頂けるになりました。


 そして3月下旬になり、当マンションでは最上階で、居住性の高い最上階のお部屋・・・
 7階ですが・・・

 新しく住んでいただける方を募集しております!!

 ご興味をお持ちいただけた方は是非、
 『リルセダー』さん(目黒区柿の木坂の不動産屋さん)にお問い合わせいただけましたら、嬉しいです!!

 よろしくお願い申し上げます!!

NHK大河ドラマ『平 清盛』は素晴らしいのではないか?                                              NHK drama, ‘Taira-no Kiyomori’, is excellent, isn’t it ? 

e9429eef.jpg 最近のネットの評判で・・・
 『平 清盛』『松山ケンイチ』は視聴率も低くて、暗い雰囲気でひどい作品である。
 との批評が多いような気がしている。

 しかし時代考証は正確か否かは重要な問題であるし、史実を大きく変えた脚本は問題であるものと私は危惧はします。
 しかし平安時代末期の、当時の文化的背景や、無力な人間・・・
 情報など非常に限られた世界での、正常と異常の境目の混沌・・・
 一方で感情を持つ人間の、現代に通じる感情の波や、感情の縺れを絶妙に表現できているように私は感じます。

 という意味では、日本のドラマとしては、見ていて質の高さを私は感じます。

今春の球磨川 〜県知事選の結果に少し安心しているかも?〜                                              Kuma River this spring, relieved with the result of Kumamoto Pref. Major Election ?

e7dae90b.jpg 球磨地方というと、やはり球磨川。

 球磨川を見るとどこかほっとします。

 勿論、台風が来て増水した時などは、その猛り狂う様に、不安や苦痛を覚えます。


 今年の3月上旬は、雨の日が多いらしく・・・
 水量は多めで、とてもすがすがしい佇まいを見せていました。

 そして3月25日の熊本県知事選でも、現職の蒲島知事が再選されました。
 彼は、球磨川の最大の支流で、『五木の子守唄』の五木村を通る清流で知られている、川辺川・・・
 その川辺川に造られるように数十年前に計画された川辺川ダムの建設を中止させたということでも知られています。

 良かったと思います!!


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日本ではシンクタンクの発言力のアップが急務                                              Japanese think-tanks should express their justice, NOW! 

01338e88.jpg イギリスで、保守党、労働党の二大政党制がしばらく続いていますが・・・
 自民党?なる小政党が躍進した。

 その原動力となったのが、政党間で主張している政策を実行したときに、実際起こりうる増税や、その効果としての財政改善等、いろいろな評価をシンクタンクが行い公表したと言うことが背景にあったと、今更ながら先日日本でも報道されていた。

 そして今だに日本には信頼できると一般的に評価されているシンクタンクが存在しないように思える。


 多分数年前に、同様の主張をさせていただいた記憶があるが・・・

 日本の抱える大きな問題・・・
 たとえば卑近な例では・・・

 『増税』
 『財政赤字』
 ・・・
 『原発問題』・・・『発電』『送電』『核廃棄物処理の限界や問題点、そのコスト』
 『東電を含めた独占企業のあり方』
 『少子高齢化問題』
 『子供の教育』・・・『倫理』『精神』『歴史教育』『学力』その他
 『社会補償問題』・・・『増税や赤字財政との関連』『生活保護の実態と問題点』
 『国防』・・・『自衛隊のあり方』『尖閣、竹島、北方4島などの領土問題』『核兵器について』『中国、北朝鮮、韓国との関係や歴史認識およびこれからの紛争の可能性』その他
 『政治家の統率力の無さと、既存政党の存在意義』
 『官僚のあるべき姿』
 『地場産業復興と若者の就職問題』
・ ・・
 
 日本の抱える問題点は、諸外国もそうでしょうけれど・・・
 あまりに沢山ありすぎて・・・
 しかし先送りにするという事も大きな問題。

 では誰の発言を、大きな正当性をもって信頼していいのか・・・?
 その指針を我々が信頼できるシンクタンクが、客観的な検討結果を公表し、そのデータを叩き台にして、国民は議論し、前進する一助となって欲しいのである!!


ジャクソン・ポロック展 〜国立近代美術館(竹橋・東京)                                              Exhibition of Jackson Pollock, the American artist, at Tokyo

1bd25ea3.jpg 絵の具を、垂れ流したり・・・
 何の形を描いているのか良くわからない絵画の数々・・・

 解説のとおりの、作家は変化を遂げ・・・
 完成し・・・
 退行したのか??

 確かに迫力のある展覧会。
 生誕100年を記念して、今 開催されています。

 そしてふと、今更ですが・・・
 もしかして私が、絵描きとして人生を送ることを選ばなかったり・・・
 音楽家としての人生を選ばなかった理由は・・・

 今までの偉大な画家・・・
 音楽家・・・
 芸術家も・・・
 たとえかなりの完成度を持って、世に認められたとして・・・
 彼らの芸術の終着点に、完成という言葉は無い・・・
 芸術は、進化の過程を踏むことは出来ても、いかなる芸術でさえも完成することは無い。

 という真理があるからなのかもしれない??と、若干矛盾のあることを実感しました。

20120320ポロック展1

永国寺 〜球磨の幽霊寺(熊本県人吉市)〜                                            Eikoku Temple, the temple of ghost at Hitoyoshi, Kumamoto 

3b33377f.jpg 臨済宗のお寺です。
 お堂の左側の廊下の突き当たりに、以前のお坊さんが書かれたと言う、幽霊の絵があることに気がつきます。

 いわゆる幽霊画の一種ですが、その姿は大抵の幽霊と似ています。

 その絵の説明では、お寺の裏の池のほとりに、この幽霊がこの世を憂いて出現し・・・
 お坊さんが、成仏されるようにお話されたとか・・・

 ちょっと怖いような気がします。


 しかし今の私の疑問は・・・
 今の人間も、この世に納得ができなければ、幽霊として彷徨わなくてはならなくなるのか・・・?
 ということと、幽霊の姿は、欧米と違って、着物姿になってしまうのか?
 そして現世に納得できなくても、やがて納得が出来るようになるのか?
 人はいつまで、一つの事に執着でき、それをどれだけ長く、そのように思っていられるのか?
 たとえば、東京大空襲で悲惨な死に目に会われた沢山の方々は、私の今仕事をしている東京の下町に、数知れず沢山にいらっしゃると思うが、その方たちは幽霊にならなかったのか?

 今更ながら、子供のような疑問を覚えるのでした。


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